ネガティブ人間はこうして産まれる。そしてこう生きる。
おはようございます。
生粋のネガラー、EZです。
さて、僕がなぜそもそもネガティブになっていったのか、という話をしたいと思います。
まぁ親の遺伝的性質も少なからずありますが、おそらく幼少期~青年期にかけての経験の中でどんどんその性質が増長され、立派なネガラーの誕生ということになったんだと、自分では感じています。
「自分はネガティブだ」と言っている時点でネガティブなんですが、ネガティブなのに「ポジティブだ」と言っている人よりはポジティブだと思っています。・・・ん、若干哲学的な感じですな・・・
で、その経験というのを振り返ると、僕は小学校3年から野球をしていたんですね。そう、年齢的にはあのイチローさんと同じ歳。同じ小学校3年から野球を始めたのに、あの方とすごい差がありますね(;^ω^)
で、僕が入っていた少年野球チームでは父親が監督をしていたんです。6年生の時、僕はキャプテンになり、監督が父親、キャプテンが僕という一番嫌な体制でやっていました。
何が嫌かというと、僕がいくら真面目にやってても、他の子がふざけていたりすると代表で僕が怒られる。それが嫌だから、みんなに注意すると影でコソコソ嫌味を言われる。そんな繰り返しで、僕は小学校6年にして神経性胃炎になりました。
そしてその後、続けた野球でさらに嫌な思いをすることになります。
なぜか高校でまたキャプテンになってしまったんです。( ゚Д゚)
言っておきますが、自分からやりたいなどという筈はありません。消去法で、何人かが監督の申し出を断った挙句の決定だったそうです。(これも後で知ったんですが、監督はその時、「お前しかできない」みたいな感じで言ってきたんですよね。)
で、そのキャプテンをしていた高校2年から3年の1年は今でも思い出したくないような日々でした。もう理不尽に怒られるし、悪口を言われるし・・・もう最悪でした。
そして最後の夏の予選。
3回戦で負けたんですが、僕は悔しいというよりむしろこれで解放される、という安堵感が勝り、涙もでませんでした。
そして後日、ある後輩からこんなことを聞かされました。
「監督が、あいつキャプテンのくせに涙も流さない。努力してない証拠だ、と言ってました。」と・・・
僕は自分で言うのもなんですが、練習では誰より先にグランドに入り、そして一番最後まで練習をしていました。なぜか?それは「あいつキャプテンだから試合に出して貰えるんだ」という陰口に負けないためです。監督もそれは知っているはずでした。
この3年間で得たのは、「報われることなんでこの世の中にない」でした。
僕の頭はその思考がずっと支配しています。これはどんなにポジティブ人間から前向きな言葉を掛けられても治りません。今でもそうです。
こうして生粋のネガラーは誕生したわけですが、もし、同じような経験の中で自分がネガティブ思考、マイナス思考になっていると感じる場合は、無理にその経験を忘れる必要もないし、堂々と「自分はこんな経験をしてきたから今こうなんだ」と思えばいい。
そしてそれを活かせるような生き方をすればいいんです。
僕は人の痛みを知っています。とことん知っています。自分が受けてきたから。
だから今、仕事や職場の人間関係で悩んでいる人に向き合う仕事をしています。
この仕事は意識高い系のポジティブ人間にはたぶんできません。
なぜなら痛みをわかってないから。寄り添えない。
弱っている人になんの根拠もなく、「前向こうよ!」っていっても
なんの解決もしないでしょ?ポジティブすぎる人ってそれを
やっちゃうんですよ。逆効果でしかない。
自分の歴史を振り返って、それがたとえネガティブな自分を作っていたとしても、
それをしっかり理解して活かしていければ、そんなに悪いことではないんだと思います。
ではまた。